谷川俊太郎 「ソネット50」
存在のもつ静寂はときに 無のもつそれにもましてかすかだ だが近づくと かれらのひそかな身振りがあらわになる かれらは訴えてはいないだろうか 一本の樹 ひとつの椀 ひとりの娘 一枚の絵 と呼ばれることの不安について 存ることのたしかさについて 私もよく知っている しかし 人のそとに名づけられる何があるか
無こそむしろ安易なものだ 私が呼んでも世界は目ざめない 私は愚かに愛することができるだけだ